Monthly Archives: November 2014

感謝祭のご挨拶: Thanksgiving Greeting

兄弟姉妹の皆様、

感謝祭、お祝い申し上げます。

皆様の、神様と真の父母様、
そしてアメリカと世界の為に捧げてこられた

精誠に心から感謝申し上げます。

2014年に、God’s hope for America Pilgrimage
そして真のお父様の聖和二周年の式典が成された事は歴史的な事でした。

支えて下さった全ての皆様、
兄弟姉妹に心から感謝致します。

天の父母様と真の父母様の限りない祝福が
皆様と皆様の家庭、そしてアメリカに注がれます事を
心よりお祈りいたします。

在米日本人個団連合
会長 猪瀬 洋、 初根

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天聖経より:CSG-7-2-2

第七篇、第二章、第二節 霊人の生活 より

夫婦が一心同体で生きる生活

19 霊界に行けば、本当に一心同体になった夫婦は、いつでも男性が女性と一つになり、女性が男性と一つになることができます。女性の中をのぞいてみれば、男性が入っており、男性の中をのぞいてみれば、女性が入っています。神様の二性性相と全く同じです。性相と形状が分かれて出てきたので、その本体に帰るには、愛のはしごに乗らなければなりません。創造の基準が愛から始まったのですから、このはしごに乗って入らなければなりません。結局、終着点は、神様と共にいるのです。

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天聖経より: 天宙統一国開天日

天宙統一国開天日

41 きょうは、大韓民国の開天節ですが、四千三百二十一年目となる年(一九八八年)です。それで、きょうを「統一国開天節」と定めるのです。兄弟に侍ってこのようになれば、願いをかなえたということです。皆さんは、願いをすべてかなえました。堕落した人々の願いは何でしょうか。神様がいないと思ったのに、真の神様を知りました。神様を知り、神様をプレゼントとして与え、真の父母をプレゼントとして与え、真の夫と真の妻をプレゼントとして与え、真の息子、娘をもたせてあげ、その次に、真の氏族まで編成しなさいと、すべて与えたのです。真の国までつくるようにすべて成し遂げたので、今や真の世界しか残っていません。それで、きょうを真の世界統一国家出帆日と定めるのです。これは、世界万国の開天節の起源になるでしょう。

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天聖経より: 真の子女の日

真の子女の日

30 神様は、天地万物を造られたのち、アダムとエバを中心として「子女の日」を迎えなければなりませんでした。もしその時に「子女の日」を迎えていらっしゃったならば、そこから「父母の日」も立てることができ、「万物の日」も立てることができ、「神の日」も策定されたはずです。

それでは、この「子女の日」とはどのような日なのでしょうか。子女として勝利し、宇宙的な栄光の場に出ていけるようになる日です。しかし、人間の先祖が堕落したので、アダム以降、全人類の中でいまだに神様のみ旨の前に一致した立場で勝利し、神様が許される栄光の立場に立った人は一人もいません。それで、そのような立場に置かれている人間を復帰するための歴史、救援するための歴史、すなわち、再び以前と同じ立場に立てるための歴史が、今までの神様の復帰摂理歴史です。「子女の日」は、この日一日が他の日と特別に違うから記念するのではありません。「子女の日」とは、堕落によって神様の栄光の場に同参できなかった人間が、歴史始まって以来、初めてそのような場に参与できるようになったことを、子女として記念する日なのです。 Continue reading

真の子女の日

~~日本統一教会公式サイトから~~
本来アダムとエバが堕落せずに個性完成して結婚し、真の父母の立場を全うしていたならば、ここに「父母の日」が定まりますが、同時にこの日はアダムとエバが神の前に子女として完成することを通して、父母なる神の苦労をたたえて感謝し、孝誠を誓って神に慰めを返す日、すなわち「子女の日」となるべきでありました。 Continue reading

プレスリリース 「神戸市の牧師等を刑事告訴」

~~日本統一教会広報局サイトの記事より~~

11月7日、広報局からマスコミ各社に配信したプレスリリースを公開致します。

平成26年11月7日

報道関係者 各位

世界基督教統一神霊協会 広報局

夫婦拉致監禁・脱会強要事件

神戸市の牧師等を刑事告訴 Continue reading

天聖経より:CSG-7-1-4

4 天国とは、準備したことをもって誇るところであり、侍る生活をしたことを誇るところです。それでは、その天国とは、どのような人が行くところですか。主を信じて恵みを受けようという人、恵みを前面に立てていく人が行くところではありません。天国は、侍るために心情的に準備する生活をした人が行くところです。準備する期間に死んだとしても、侍る生活を残して喜んで逝くことのできる人が行くところです。そこに復活があります。

侍るための準備をしたあとには、侍る生活をしなければなりません。準備する目的は、侍るためなのです。侍る生活をするためです。侍る生活はどのようにするのでしょうか。皆さんの環境をよく見てください。生活の内幕は現れません。どのように侍る生活をするのかということが、私たちが生きる生活の中で考えるべき重大な問題です。 Continue reading