Monthly Archives: February 2016

(映像)週刊ブリーフィング:2016-02-27

日本語 真のご家庭ニュース&韓国ニュース 1. 天一国基元節三周年記念式、及び2016天宙祝福式 / 記念午餐会 / 祝勝会 2. 天一国学術院出帆発起人総会 / 世界宣教戦略院出帆式、及び教会成長カンファレンス 3. 統一グループ希望ドリーム支援金伝達式 / 国民連合統一準備委員会議政府大会 / 第1回鮮鶴平和賞受賞記念書出版 世界ニュース 1. 日本公職者新春研修会 2. アメリカ:2016天宙祝福式 3. ケニア, ザンビア, カメルーン:2016基元節天宙祝福式 4. コートジボワール:家庭連合国家議会創設 / 南アフリカ共和国:世界平和青年連合 年次会議 5. ペルー:UPF超宗教会議 / ブラジル:21日カープ修練会 English True Parents News & Korean News 1. The Third Foundation Day Anniversary and 2016 Cosmic Blessing / The Third Foundation Day Anniversary Commemorative Luncheon / Victory Celebration 2. Convention to Support the Formation of the Cheon Il Guk Academic Center / Launching of the World Strategy Center and Conference on Church Growth 3. Tongil Group: Hope and Dream Donation Delivery / Korea: Citizens’ (more…)

(映像)Weekly Update:2016-02-26

Your Weekly Update Every week the National Ministry Team compiles stories and important upcoming events in a quick weekly update video. This week we cover the Holy Day commemorative events including the Foundation Day Marriage Blessing on Feb. 20, a beautiful day with couples in Korea and around the world receiving the Marriage Blessing and dedicating their love to God. Read more about the ceremony in Koreaand those across the USA. (more…)

私の信仰路程-21(最終回)

~~世界家庭2016年1月号から~~ 私の信仰路程(二十一) 企画本部長 李成萬 リージョン副会長の天命を受け、勇躍任地へ 新しい地には、必ず自分を必要としてくれる食口がいる 2000年五月、教会本部の局長およびリージョン副会長(現・地区長)の人事異動が行われました。公職者にとって人事は天事であり、天命です。何の条件もなく、ただ感謝して受けるべきものです。ところが、牧会者の中にも、人事の季節になると不安で、いてもたってもいられない人がいます。時には、露骨に不満を吐露する人もいるのは残念なことです。 そのような人の大部分は、自分中心、あるいはそれまで担当してきた教会や職分を中心に考えて判断しているように思えます。そうではなく、まずは主体者、すなわち人事発令をする立場で考えなければならないと思います。そうしてこそ、「組織全体にとって何が一番良いことか」という問いに対する答えが出てくるのではないでしょうか。 誰でも、それまでより大きな教会への異動、いわゆる栄転の発令を受ければ、感謝して従順に受け入れます。それは誰にでもできることです。問題はそうでない場合、つまり一見降格人事と思われる発令を受けたときに、いかに感謝して従えるかです。そのときにこそ、公職者個人の品格や信仰の成熟度が明らかになるのです。 人事は基本的に、組織の発展と公職者個人の成長を目的とします。わざと教会に損害を与えるような人事をする責任者がいるでしょうか。責任者は皆、誰よりも苦悶し、祈祷し、天の声を聞こうと努力するものです。そうして熟考した後に、総合的な観点から判断を下すのです。 私の経験から言っても、新しい任地には必ず自分を必要とする仕事と食口たちが待っています。すなわち、新しい役割があるということです。赴任して職務を遂行する中で、人事の本当の意味や天の願いを悟ったことも多々ありました。 私はこのときの人事異動で、第九リージョン(現・第十一地区)副会長として発令を受けました。職務は、リージョン傘下の西広島教区、東広島教区、山口教区、そして島根教区の四教区を管理、指導することでした。 それまでの私の牧会者人生で地方勤務といえば、1998年のリージョン体制編成直後に約四か月間、第七リージョン(岡山県と四国四県)のリージョナル・リーダー代理責任者(現・地区長)を担当したのが全てでした。ですから、そのときの地方人事は私にとって、何よりも現場で直接、食口たちとみ旨のために苦楽を共にできることが希望であり、喜びだったのです。私は胸いっぱいの期待と抱負を抱いて、新しい任地に向かって走って行きました。 昼夜を分かたず教会を巡回して、み言を伝える リージョン副会長の業務の核心は、真の父母様のみ言をリージョンの公職者と食口たちに正確に伝達し、理解させることです。私たちの信仰の主体と中心は、あくまでも天の父母様(神様)です。そして、天の父母様と一心、一体、一念、一和、一核を成された真の父母様です。天の父母様は、真の父母様を通して具体的に摂理を成就していかれます。真の父母様が全てのみ旨と摂理のアルファとオメガになられるということです。 真の父母様はみ言を通して役事されます。み言はすなわち生命です。全食口が真の父母様の過去のみ言はもちろん、新しいみ言にそのつど接して悟ってこそ、実践に移すことができます。そうして初めて、み旨が成就されるのです。 木の成長にとって、水や養分を吸収する根の役割も重要ですが、木の葉が光合成を通して成長に必要な栄養分や酸素を作り出していくこともさらに重要になってきます。教団も同じです。その発展は、本部や責任者の指導も重要ですが、それ以上に食口一人一人の成長にかかっていると言っても過言ではないでしょう。 み言の伝達においては、先に教区長や教会長に伝えて、彼らから食口たちに伝えてもらう方法もありますが、私は可能な限り食口たちに直接伝えようと努力しました。そのためには、教会を巡回して食口集会を開くしかありません。 当時はインターネットが現在ほど普及しておらず、インターネットによる会議や礼拝は念頭にすらないときです。また、たとえ最近のようにインターネットを活用することができたとしても、直接対面する以上の効果を得るのは難しいでしょう。 当初、リージョン内の教会巡回には、主に自動車を使っていました。リージョン本部がある広島市から島根教区本部のある松江市まで行くには、当時、建設されたばかりの高速道路を使っても、片道二時間半を要しました。 高速道路を走っているとき、あることに気がつきました。反対車線も含め、走行する車の量が極端に少ないということです。前を遮るものが一切なく、一国の大統領にでもなったような気分でした。一方で、高速道路の下の従来の国道には、普通に自動車が走っているのです。国会で野党の議員が、「莫大な国民の税金を、必要のない高速道路やダムの建設に浪費している」と、政府や道路族議員に向かってどなっていたことが思い出されました。 政府が予算を誤って編成すれば、それに従って造られたものは「悩みの種」になるしかありません。つまり、国民の血税を浪費することになるのです。それは会社や教会も例外ではないと思いました。私は、しばらくの間、一台の車も見えない高速道路をひた走りながら、大きな教訓を得た思いでした。 ところで、広島から松江まで行くルートとしては、いったん鳥取県の米子まで飛行機で飛び、そこから自動車で行く方法もありました。そのほうが、松江まで直接行くよりも時間を半分以上短縮できたので、そのルートも使うようになりました。 米子行きの飛行機は、せいぜい十五人が搭乗できるブロペラ機です。それも、悪天候の日には運航が中止されます。晴れた日には、ウーンとうなりながら飛行する機体の下に、のどかな山村の風景が広がり、実に爽快でした。離陸して最高度に達したかと思うと、たちまち着陸態勢に入るという具合で、飛行時間は三十分余りだったと記憶しています。 その飛行機に初めて乗ったとき、乗客は私を含めて十人にもなりませんでした。その後、何度も利用しましたが、わずか三人だったこともあります。そういうときには、「こんな状態で収支が合うだろうか」と、ひそかに航空会社の経営状態を心配したものでした。 リージョンの事務局長と同乗したときのことです。その日は風が強くて、小さな機体は激しく揺れました。乗客はさながら、航空ショーでアクロバット飛行をする飛行機に乗っているような気分を味わわされたのです。私は内心、「判断を誤ったなあ。自動車で移動すべきだった」と後悔しながらも、運を天に委ねるしかありませんでした。同乗した事務局長が、その後、二度と同じ飛行機に乗ろうとしなかったのも無理からぬことです。 教会巡回は、礼拝をささげる日曜日のほか、婦人食口を中心とする集会が開かれる月曜日に行いました。それ以外にも、重要な摂理が展開されるときは連日、時には午前と夕方、一日に二回の集会を行うこともありました。 ある教会が毎日、早朝祈祷会を行っていると聞けば、その時間に行き、またある教会が毎日深夜祈祷会を行っていると聞けば、その時間にも出掛けていって、真の父母様のみ言を伝えました。 食口の中に、自宅から教会まで自動車で片道一時間半もかけて祈祷会に通っている人がいました。往復三時間と祈祷会二時間なら最低、五時間が必要です。それでも一日も欠かさず通ってくるというのですから、その精誠は大変なものです。心から尊敬の念を覚えました。そのような信仰が日本を守り、そのような食口の精誠が積み上げられて、摂理の車輪が回っていることは間違いないことでした。 リージョン副会長のもう一つの使命は、本部の方針を公職者および食口たちと共有して推進することです。そのために、公職者の会議と研修会をこまめに開くようにしました。 広島教会の三階で牧会者会議をしていたときのことです。会議が始まって間もなく、突然、五階建ての教会が大きく揺れ始めました。大地震が発生したのです。直感的に、震度五以上だと分かりました。激しい揺れで、壁に亀裂が生じ、壁紙もあちこち、はがれ落ちました。窓の外を見ると、電信柱が激しく揺れ、電線は踊りを踊っているようでした。 私は、真の父母様のお部屋と応接室があった五階に駆け上がりました。接待用の食器棚の戸が開いて、床には割れた皿が散乱していました。花瓶が落ちて粉々に砕け、衣装だんすも倒れていました。にもかかわらず、食口たちから大きな被害の報告がなかったのは、せめてもの幸いでした。 震源地は鳥取県西部で、震度六強、マグニチュード七•三の強震です。鳥取県ではたくさんの家屋が崩壊し、道路が破損し、負傷者も出ました。日本に赴任して以来、数えきれないほど多くの地震を経験しましたが、これは阪神•淡路大震災(1995年)以後では最大の地震でした。 全国に教会献堂の刺激を与えた松江教会の精誠 リージョン傘下の教会を訪問しながら、いつも残念に思ったのは、いずれも聖殿が狭いことでした。さらに、その大部分が教会所有ではなく、高い家賃を払って借りていたことにも胸を痛めました。 世の中には、大きくて美しい建物がたくさんあります。寺、神社、キリスト教の聖堂も例外ではありません。数十億、あるいは数百億を投入して、何年もの年月をかけて建築した宗教施設も数多くあります。 ところが、私たちの教会では長い間、教会所有の施設を建設してきませんでした。それよりも、社会活動や教育、世界宣教に多くの支援をしてきたのです。 しかしながら、いつまでもその状態で良いわけはありません。機会をとらえて聖殿や教育施設を準備し、外的環境を造成すれば、そこに比例して教会発展に弾みがつくのは明らかでした。 ちょうどその頃、松江教会(島根教区本部)の篤実な食口、野津家庭が、聖殿建築のために土地を献納したいと申し出てきたのです。当時、松江教会は古い平屋の家屋を賃借りして使用していましたから、その申し出はどれほど感謝なことだったでしょうか。 献納された土地はさほど広くはありませんでしたが、当時の松江教会の教勢を考えると、正に天が祝福し、準備してくださった土地であると思われました。松江教会では、その好機を逃すことなく、教会建設に踏み切りました。資金は銀行から融資を受け、長期返済することになりました。 教会所有の建物であれば、思いのままに出入りでき、思い切り聖歌を讃美し、祈祷することができます。その夢に向かって、食口たちは牧会者を中心に一つとなって、内外の精誠を積んでいったのです。 着工から数か月後、島根県松江市西川津町四千三百番地に、小ぢんまりした二階建ての建物が姿を現しました。一階は事務室と応接室、二階は礼拝堂です。 大塚克己会長(当時)を迎え、リージョン傘下の全牧会者と二百人余りの食口が参席する中、2000年九月十日(日曜日)、松江教会の献堂式が挙行されました。初めに、土地を献納した野津家庭に大塚会長から感謝牌が贈呈されました。韓服を着た韓国婦人会のささげる特別讃美に続いて私が祝辞を述べ、大塚会長が記念説教を行いました。会場は聖霊に満たされ、参加者は感激の涙を抑えることができませんでした。 献堂式後、その模様を記録したアルバムを製作し、後日、真の父母様に報告をささげました。とても喜ばれ、アルバムにサインまでして祝福してくださいました。私はそれと同じアルバム一冊を今も大切に保管しています。この知らせは全国の教会にとって大きな刺激となり、聖殿建築の希望と夢を抱いて具体的に挑戦する牧会者たちが現れるようになったのは、大きな収穫でした。 それだけではありません。松江教会では聖殿を献堂して後、それまで休んでいた食口たちの中で、再び教会に足を運ぶ人が出てきたのです。さらに、食口たちの伝道への意欲にも拍車がかかり、新しい食口が増えていきました。そうして、献堂からいくらもたたないうちに、礼拝堂が礼拝参加者であふれるようになったのです。 私はこのことを通して、天は準備した器の大きさに従って祝福してくださるということを知りました。五十人を収容する教会の礼拝には五十人しか集まりませんが、そこに三百人を収容する聖殿を準備すれば三百人が、五百人を収容する聖殿を準備すれば五百人が集まるようになるのです。外的な環境造成は、教会復興の必要条件であるということです。 県知事を感激させた“平和の天使”の表敬訪問 芸術の力は偉大です。固く閉ざされた心の門を開かせ、冷え切った心を感動で温かくしてくれます。人間が本来、知的であるよりは情的な存在であるからかもしれません。 真の父母様は先見の明と深い洞察力で、早くから芸術分野にもあらゆる精誠を投入してこられました。1962年といえば、韓国動乱で国土が灰燼(かいじん)に帰したその傷も癒えておらず、国民は3度の食事にも事欠いていたときでした。私たちの教会の財政も貧弱なことこの上なく、当然食口たちも貧しい暮らしをしていました。そのような状況にもかかわらず、真の父母様は「リトルエンジェルス芸術団」を創団されたのです。 以来、リトルエンジェルス芸術団は、踊りと歌を通して世界中に韓国を知らせ、国際友好を促進する親善大使の役割を忠実に遂行してきました。真の父母様は、同団を名実共に韓国を代表する世界的な芸術団に育成されたのです。 リトルエンジェルス芸術団は、1990年のモスクワ公演を通して冷戦終結に寄与しました。また、1991年に真の父母様と金日成主席が会談を通して合意した南北文化交流の結実の一つとして、1998年五月に北朝鮮の平壌公演を成功させました。その成功が、二年後の2000年六月、分断以後初めての南北首脳会談開催に影響を与えたことは、想像に難くありません。 また同団は創団以来、韓日の友好、親善にも至大なる貢献をしてきました。2000年の時点で日本巡回講演は四百六十回に達していました。天皇陛下も皇太子時代にリトルエンジェルス公演を観覧していらっしゃいます。また団員たちは、中曾根康弘首相の在職時に表敬訪問をしています。これらのことを考えても、その貢献度の高さは明らかでしょう。 2001年一月二十二日、リトルエンジェルス芸術団を平和の都市、広島に招請しました。広島は世界で初めて原爆が投下された地です。それから既に半世紀以上が過ぎていましたが、被爆者やその家族の心身の傷は癒えていませんでした。ですから、ほかのどの地にも増して、広島には“平和の天使”の歌と踊りが必要であると感じたのです。 公演には、各界の多くの指導者を招きました。第一部は平壌公演のハイライトの上映で幕を開けました。続いて、「長鼓の踊り」「春の子供たち」「扇の舞」「お嫁に行く日」の順に披露しました。一つの演目が終わるたびに、雷のような拍手喝采が起こりました。第二部は「人形の踊り」「カンガンスウォーレ」「仮面の踊り」「農楽」、そしてコーラスで最後を飾りました。コーラスの中では、特に日本の歌が観客の胸を熱くしました。ハンカチで涙をぬぐう観客も少なくありませんでした。公演は大成功でした。 公演の最後に、地元の小中学生四十人余りが舞台に走り上がって、団員全員に花束を一つずつ贈って抱擁しました。韓日が一つになった非常に美しい場面でした。 次の日は県庁に行き、県知事を表敬訪問しました。当初、知事との面談時間は五分から十分と言われていました。団員たちと共に、正面に韓日両国の国旗が立てられた応接室で待っていると、背のすらりと高い知事が通訳者を連れて入ってきました。名刺を交換し、挨拶を交わしました。 私は知事に、リトルエンジェルス芸術団の歴史と広島公演について紹介しました。真の父母様と統一運動も証しして、和やかな歓談の時間を持ちました。その場で団員たちが、韓日両国の歌三曲を披露しました。そして二人の団員が知事の首に記念メダルを掛けた後、頬にキスをしたのです。それは知事にとっては思いがけないことだったらしく、顔を赤く上気させて喜んでいました。子供たちが大人を感動させるのに、多くの時間は必要なかったようです。 知事は、「来年も公演があれば、必ず鑑賞します」と約束し、団員一人一人と腰を曲げて握手をしました。さらに“天使たち”との別れを惜しんで、玄関まで出てきて見送りをしてくれたのです。時計をのぞいてみると、歓談時間は四十分を超えていました。知事にとっても、リトルエンジェルスとの出会いは生涯忘れることのできない思い出になったと確信します。 リトルエンジェルスが巡回公演中に、その地の最高責任者を表敬訪問するということは、真の父母様と統一運動を最も効果的に証しできる方法であることを再確認することになりました。 私はまた、団員たちを広島平和記念公園にも連れて行きました。案内する手前、あらかじめ平和公園について下調べをして臨んだのは言うまでもありません。 団員たちは広島平和記念資料館で、原爆の生々しい被害状況を表す写真や映像、模型などを見ながら、少なからず衝撃を受けたようでした。戦争の悲慘さと平和の貴さを悟る、良い機会になったと思います。 季節は真冬でとても寒かったのですが、屋外にある数々の記念碑にも足を運びました。原爆死没者慰霊碑では団員代表が花輪を奉呈し、全員で頭を垂れて黙祷をしました。おびただしい数の千羽鶴が供えられた韓国人原爆犠牲者慰霊碑でも、献花をして黙祷をささげました。幼い団員たちにとって、このような経験は生きた勉強になったことでしょう。 その後、市内観光に出ました。昼食は食堂に入って、有名な広島のお好み焼きを食べました。団員たちがあまりにもおいしそうに食べていたからか、食堂の主人夫婦がとても感激し、色紙に団員全員のサインを頼んできたのです。このように、リトルエンジェルスの名声を知らない、市井の食堂の主人をも感動させるリトルエンジェルスは、真の民間大使であると言えます。 天上の芸術を携えてきた小さな“天使たち”は、きょうもその純真であどけない笑顔で、地上に平和の花を開かせていることでしょう。 約二年の間、あまりにも不足な私の証しをお読みくださった食口の皆様に、心から感謝申し上げます。過去の証しも大事ですが、今、現在を証すことができるように最善を尽くすことをお約束申し上げます。 (終わり) (more…)

文妍娥様のメッセージ:2015-10-10

文妍娥様のメッセージ ~~世界家庭2016年一月号より~~ 2015年十月十日千葉県千葉市 学んでも学んでも到達できない真のお母様の深い愛と心情の世界 文妍娥様(文孝進様令夫人)が2015年十月、真のお母様の願いを受けて来日されました。ご滞在中、十日には第十四地区特別集会(千葉市)で、十一日午前には松濤本部(東京・渋谷)の日曜礼拝、午後には青年学生大会(東京・中野)で親しくメッセージを語られました。また翌十二日には、「世界平和統一家庭連合出帆記念大会」(千葉市、幕張イベントホール)に出席され、日本家庭連合の出発を共に祝ってくださいました。ここでは、家族連れ約千人が集った第十四地区特別集会で語られたメッセージ(翻訳し、整理したもの)を紹介します。(文責•編集部) 忙しいスケジュールの中、全てを二の次にして集ってくださり、ありがとうございます。私たちがここに集ったのは、ひとえに真の父母様に対する慕わしさと愛ゆえです。 真のお母様の思い、その深い愛を考えれば、私はあまりにも不足で、皆様に十分にお伝えするのは難しいだろうとも考えます。ただ、皆様のために精誠を尽くされる真の父母様の心は、私が表現するよりもはるかに大きく、深いことを知っていただきたいと思います。 真の父母様の生活の中心は朝も昼も夜も常に天の父母様 それではまず、真のお父様のみ言を少し紹介します。タイトルは「真の父母様を信仰し、真の父母様を知り、真の父母様と共に暮らし、真の家庭と愛で一体化して、地上王国の生活を始めよう」です。その一部を訓読します。 「皆さんが『神様のみ旨』と言うとき、それは歴史の目的、創造目的が完成することです。『神様のみ旨は創造目的の完成である』、このようになるのです。創造目的の完成とは何でしょうか。それは、み旨の完成です。み旨の完成とは何でしょうか。四位基台の完成です。四位基台の完成とは何かと言えば、真の家庭を完成することです。真の家庭とは何でしょうか。真の父母がいなければならず、真の男性と真の女性がいなければならず、真の夫婦がいなければならず、真の子女がいなければなりません。一番の中心は何かと言えば、個人の目的も真の父母であり、男性と女性の目的も真の父母であり、赤ん坊の目的も、兄弟の目的も、真の父母です。真の父母になって、息子、娘をもつ。家庭をもつ。このようになるのです」(1997年、アメリカ) 家庭連合時代という新しい時代を出発するに当たって、私にはこの真のお父様のみ言が、深く心に刺さりました。 では、私たちはどのようにすれば、遠くにいらっしゃる真の父母様と、一緒に暮らしているかのごとく生活できるのでしょうか?それを知るためには、目に見えない天の父母様(神様)と一体となり、侍って暮らしていらっしゃる真の父母様のことを知らなければなりません。 それがどのような生活なのか、皆様も気になっていらっしゃると思います。もし、それを知ることができれば、たとえ物理的な距離があるとしても、真の父母様と共に暮らす私たちになれるのではないかと思います。 私が真の父母様に身近に侍らせていただくようになったのは、孝進様と祝福を受けた1999年以降です。決して長い期間ではありません。そういう中で私は、「真の父母様の全ての中心は常に天の父母様である」という結論を得ることができました。 それは必ずしも、「天の父母様のみ旨を成してさしあげます」という壮大な話をされることとは限りません。朝、目が覚めれば最初に「天の父母様、おはようございます。新しい一日が始まりました」とご報告なさることであり、食事の時間になれば、「腹が減ったから何々を食べよう」というのではなく「天の父母様、何を召し上がりたいですか?どのようなものを一緒に味わいたいとお思いですか?」とお尋ねになることです。 また真のお父様も、摂理的な内容を勝利なさったときはいつも、「これら全てのことは、天の父母様が導き、保護してくださったので、できたのだ」と言われました。ご自身が一生懸命にやったというのではなく、天の父母様に常に感謝し、天の父母様のことを思われるのです。私は、そのようなおふたりのお姿をたくさん目撃してきました。 今年(2015年)、真のお母様は聖和三周年を前にして、ヨーロッパ宣教五十周年を記念し、新たな半世紀を出発するために、ヨーロッパに行かれました。そのときお母様は私たちを連れて、以前、真のお父様と一緒に訪問された地域を回られました。行く先々でお母様は、「お父様はこの場所に座ってコーヒーを飲まれた」「朝はソーセージを召し上がった」などとお父様との思い出話をされました。また、景色の良い所に行けば、「お父様とここに座ってあそこを眺めた」などという話もしてくださいました。 風光明媚な所に行けば、私であれば、まず「ああ、本当にきれいだ。早く写真を撮らなければ」と考えます。自分がこの美しい景色の中に足を踏み入れたという証拠を残したいし、カメラに収めて観賞したいと思うでしょう。ところが真のお母様は開口一番、「天の父母様が私たちのために、このように準備してくださったのだね。どれほど苦労されただろうか。本当にありがたい」とおっしゃるのです。そのようなお姿を生活の中で拝見しながら、「これが真の父母様と私の違いなのだな」と思うようになりました。 真の父母様の願い、事情、心情を尋ね求める私たちに 真のお母様は最近も、「目を開ければ、きょう一日、自分が真の父母様とどのように基準を合わせて生活できるかを考え、昼食時間になれば、真の父母様は何を召し上がったのか、おいしく召し上がったのか、喜ばれたのかを、まず考えなければなりません。また、一日が終われば、「きょうはこのように生きましたが、一生懸命努力したことはこれで、努力できなかったことはこれです」と振り返り、『あした、新たに出発します』と報告するのです。自分はこうだった、なぜこうなのだろうと、『私』が主語になり、『私』に対する思いで終わるのではなく、まず天の父母様と真の父母様に報告し、その基準に合わせていく生活をしなければなりません」と語られました。 しかし、いつも真の父母様のことを思い、努力して、真の父母様がどのように生きられたかということに関心を持って生活するとしても、真の父母様について知る機会がなければ、うまくいかないでしょう。知らずにいながら、「このような食事をされただろう」などという思いが湧きますか?テレパシーでメッセージでも来ない限り、難しいでしょう。私たちが真の父母様の子女として生きていこうとすれば、ただ真の父母様を信じるだけでは十分でないというのです。 先ほど紹介した真のお父様のみ言のタイトルにあるように、最初、真の父母様と私たちの関係の始まりは、信じるところからです。真の父母様の生きざまを見て、これまで成し遂げてこられた業績、教えてくださった内容を見て、「信じるに値する」と判断し、信じるのです。 そして、それで終わってはならず、次は真の父母様について知らなければなりません。真のお父様は、「信じることと知ることは違う」と説明されました。 さらに、知っているだけではだめなのです。共に暮らさなければなりません。そうしてこそ、真の父母様と愛の一体圈を成すことができるのです。そうすれば、真の父母様と、心情と愛において一つになり、共に暮らしながら、「これが天国だ」と感嘆しつつ過ごすことのできる生活になるというのです。これは、霊界に行ってからではなく、地上でそのように感じながら暮らさなければならないという話です。 真のお父様が、天の父母様と「私」の関係、父母と子女の関係において強調された、重要な三つの点があります。それは、1962年に良心について語られたみ言の中で教えてくださったものです。その一部を訓読いたします。 「永遠に残らなければならないのは、一つの世界を成し遂げるための神様の願いであることを知らなければなりません。一つの世界を中心として、神様がここにおいて天下万民を中心に、事情が通じることを願うし、事情だけでなく、愛したいという、そのような非常に大きい創造理念があるというのです。ですから、永遠に残るべきもの、私たちは逝ったとしても残していくべきものは何でしょうか。『願い』です。残していくべきものは何でしょうか。『事情』です。残していくべきものは何でしょうか。『心情』です。この三つは、永遠に存在しなければなりません。そのような境地から見るとき、私たちが改めて考えるべきなのは、『神様、あなたの願いは成就しましたか。あなたの事情は通じるようになりましたか。あなたの心情を中心として喜ぶことのできる立場にいらっしゃいますか』ということです。……神様の願いを成し遂げて、何をしようというのでしょうか。神様の事情に通じること、そして、神様の心情に通じること、これがすべてです。最後の答えは、これなのです」 皆様、その三つとは、願い、事情、心情です。この三つを知ってこそ、私たちは本当に「父母と心が通じている。父母のことを知っている」と言えるのだと思います。天の父母様と真の父母様の願い、事情、心情とはどのようなものでしょうか?皆様が一日を始めるに当たって、この三つを持って祈り、天の父母様と真の父母様に報告するだけで、恐らく皆様は何か新しいことを感じるようになるでしょう。 さらに掘り下げてみましょう。例えば、「願い」とは何でしょうか?多くのことが思い浮かびます。簡単に言えば、「み旨の完成、四位基台の完成、幸せな家庭を中心として生きること、天の父母様が真の父母様と全人類と共に暮らすこと」でしょう。心が通じ、事情が通じて、説明しなくても分かり、感じることができる関係になることです。 「神様の祖国と一つの世界」(2002年十月十六日)という真のお父様のみ言の中に、このような箇所があります。 「皆様。私は今、地上に羨むものがありません。世の中のものには関心がない人です。ただ、『神様が保護できるその国において死ななければならないのではないか。私がそのように生きてから逝くことができなければ、私の生涯は悲惨な生涯ではないか。死ぬ前にその国を探し出し、一日だけでもそこで暮らしてから逝かなければならない』というのが私の願いなのです」 その願いを果たすためにビジョン2020があるのです。 ここにも、これから百年生きるかもしれない子供たち、私にとっては息子、娘のような年齢であり、末の弟、妹、甥、姪のような子供たちがいます。彼らが純粋にその思いを守り、心に傷を受けることなく、互いに愛し合い、助け合いながら幸せに暮らしていける世界、そのような国を創りたいというのが、真の父母様の願いであり、天の父母様の願いであったと、私は結論づけました。 お母様は天一国の歌を聴きながら精誠の一日を出発される 真のお母様が推進されるビジョン2020には、時期的にどのような意味があるでしょうか?2020年は、真のお父様がこの地上に来られて百周年となる年ですから、重要です。しかし、それは単に、お父様がこの地に来られ、皆様を愛し、一生涯、苦労して祝福家庭を残し、霊界に行かれたということを記念するためだけではないと私は思います。 真の父母様が心から願われているのは、「世界中にいる祝福家庭、愛する子女たちが、父母がいなくても保護を受け、真の父母と天の父母様の原則を伝統のとおりに守りながら、幸せに暮らすこと」です。今はそのことを心配しながら、準備していく過程にあるのだと私は感じました。 真のお母様の生活をそばで拝見すると分かりますが、お母様はとても早く起きられます。午前一時、二時、三時になれば、既にお母様の一日が始まるのです。私たちは眠っている真っ最中でしょう。 まだ外は真っ暗な中、真のお母様は、天一国の歌を何度も何度も聴きながら一日を出発されます。世の中には美しい音楽、良い音楽がたくさんあり、健康になるための音楽、瞑想のための音楽もたくさんあるのに、なぜ天一国の歌なのでしょうか?しかも、毎日同じように聴かれるのです。 私もそうですが、皆様も、いくら良い歌だとしても、毎日繰り返し聴けばうんざりすることがあるでしょう。いくら良い食事でも、毎日そればかり食べなさいと言われれば、逃げ出したいでしょう。それなのに、真のお母様はなぜ天一国の歌ばかり聴いていらっしゃるのでしょうか?お母様は、それが天の父母様と、真のお父様の願いであることをご存じだからであると、私は思うのです。 世の中では、同性婚を合法化するという動きもありますし、男女が平等ではない夫婦関係は離婚して解消しなければならないとも言っています。もちろん、夫婦が互いに尊敬し、愛することは重要です。しかし、家庭よりも個人が優先されるのが、今のこの世界です。 アダムとエバの堕落以降、何千万年たったか分かりません。人類が誕生し、堕落して以来、数千万年、探し求め、さまよわれた天の父母様のご苦労の結果、皆様がここにいるのです。 そんな私たちが、保護を受けられず、再びこの世界に押し流されていくとすれば、それはどれほど悲惨で、胸の痛いことでしょうか。数千万年の時を経て探し出し、出会った子女なのに、保護してやれる国がなくて、彼らが再び苦しみ、遠ざかるとすれば、どうでしょうか。彼らが親子の情も知らずに生きなければならないとすれば、それはどれほど胸の詰まる悲劇でしょうか。 ですから真のお母様は、子女が永遠に天の父母様の基準を持って共に通じ合いながら暮らせる国を、ご自分が地上にいらっしゃる間に探して立てたいと思っていらっしゃるのです。体系づけ、準備してあげたくて、毎日、天一国の歌を聴きながら、考えに考え、精誠を尽くして、一日を出発されるのだと思います。 真のお母様は、世の中に良い音楽があることをご存じではなくて、天一国の歌ばかり聴いていらっしゃるわけではありません。全て皆様のためなのです。皆様が、そのようなお母様の思いを感じ取り、理解してくだされば幸いです。 私は七七七双の祝福家庭に生まれた子女、二世です。四十歳を超えました。「お姉さんです」と言いたいのですが、おばさんの年齢です。(笑い)ここにいらっしゃる先輩がたにとっては、妹のような年齢です。このような自分が、この場に立って皆様の貴い時間を頂くことが心苦しくもあり、申し訳なくもありました。 そのうえ、きょうは家族連れで集まってくださいました。もしかしたら、親が手をつかんで「行かなければならない」と言うので、ついてきた子供さんもいるかもしれません。それとも、来たくて来ましたか?ありがとう。真の父母様をそのように,慕ってくださり、ありがとうございます。きらきら輝くかわいい顔で座っている子供たちを見ると、このように話ばかりして申し訳なくも思います。 しかし、それでも、真のお父様の聖和以降、真のお母様のおそばで侍り、そのお姿を拝見しながら、私がどのようなことを感じたのか、どのように変わったのかを申し上げなければならないと、強く感じます。(拍手)なぜなら、おそばにいる私がきちんとお母様についてお伝えできなければ、皆様はお母様について知るために、より多くの時間を費やし、さらに苦労しなければならないからです。 また、私が誤解し、間違って伝えれば、大きな過ちを犯すことになります。それも実際、心配です。過去三年間、私は夫を霊界に送った者として、真のお母様のお気持ちが少しは分かると思っていました。傲慢だったのです。 しかし、真のお父様の聖和二周年が過ぎて、そうではないことに気づきました。孝進様が霊界に行かれた後の私と、真のお父様が霊界に行かれた後の真のお母様では、まず心の持ち方が違い、生活態度が違いました。お母様は常に前進されました。全世界の子女のために、ご自分は何を準備するかを考えながら、日々、精誠を尽くして過ごされました。 一方私は、個人的に愛すべき五人の子女をまともに守ってやることもできず、「とにかく生きなければならない。まずは自分自身がしっかりしよう」と考えながら、多くの時間を費やしていたのです。そんな私も、五、六年過ぎる頃から落ち着いてきました。そして「孝進様が霊界に行くことによって、私の子供たちは心情的、心理的に、母親まで一緒に失ってしまったのだな。私が子供たちを孤児にしてしまったのだな」と、ようやく気づいたのです。 真のお母様を拝見していると、真のお父様は霊界に行かれましたが、「お母様は私たちに関心もない。お母様はご自分のことだけを考えながら生きていらっしゃる」とは全く感じません。お母様はお目覚めになれば、いつも一日の始まりとして、「全世界の子女たち、祝福家庭はどのように過ごしているか」について報告を受けられます。五大洋六大州、多くの人陸の至る所で食口が努力していること、喜ばしいこと、悲しいことを全て聞かれながら、お母様も喜んだり、悲しんだりしていらっしゃいます。本当です。 きょうの皆様のことも、真のお母様はきょう遅くか明日には耳にされるでしょう。「集まりはどうだったの?どのようなことを感じたと言っていたの?元気に帰っていったの?」と、お母様は興味津々に聞かれるのです。そのように生活していらっしゃるお母様です。 真のお父様が霊界に行かれた後、私たちがお父様のことが慕わしくて胸を痛めていたときも、真のお母様は絶えず前進されました。それは、お父様を失った悲しみなどないからでしょうか?違います。違うのです。 孝進様が霊界に行かれた後、私が食口の前で涙を流さなかったからといって、私が孝進様を愛していないのでしょうか?私が笑っているからといつて、孝進様が亡くなったことを忘れて、楽しく過ごしていたのでしょうか?全く違います。 何も言わないでいると、誤解されます。周りの人から、「あまり笑わないほうがよいのではないか」と言われたときは、天が崩れるような気がしました。深く傷つきました。「私が足りないからだ」とも思いました。そのように忠告してくれるのも、私に対する愛ゆえであると受け止めなければならないのですが、当時は「どうして、これほどまでに私の気持ちが分からないのか」と悲しくもなりました。 私は今も、先のことを考えて不安になることがあります。ところが真のお母様は、「あなたは十年後、二十年後、三十年後の心配をなぜするの?そのとき私たちはもっと発展しているから、心配することはない」と言われます。確信していらっしゃるのです。 なぜでしょうか?中心がはっきりしているからです。天の父母様のみ旨がはっきりしており、天の父母様の目的がはっきりしており、天の父母様の摂理的な原則がはっきりしているので、ただそのとおりに行けば、私たちは発展せざるをえないからです。私が心からそのように感じられるようになったのは、最近のことです。 聖和二周年が過ぎて、真のお母様について改めて学び、勉強し、認識を新たにしたと思ったのですが、二周年が終わってから再び、「私はまだまだだ」と感じています。 真のお母様のなさる全てのことの背後にあるのは「愛」 私たちは、そのような真のお母様の子女ですから、お母様に似なければならないでしょう?真の父母様に似なければならないでしょう?(「はい。」)ですから、私たちもお母様のように前を向いて、「私たちはどのようにすれば、さらに大きく発展できるか」ということを真剣に悩まなければなりません。具体的には、「私の生活、私が勉強する分野、私が責任を持つ分野において、どのようにすればさらに改善していけるか」を考え、努力していかなければなりません。私はそのことを皆様にお願いしたいのです。 私たちが「家庭連合」として出発できるようになることも、誰が予想していたでしょうか?しかし、実際にそうなったでしょう?私たちはそれに対して、「確実にそうなる」と信じていましたか、「そうなればよいが、ならなければしかたない」と思っていませんでしたか? 真の父母様はいつも「うまくいく、発展する」と考えて歩まれます。真のお父様もそうでしたし、真のお母様もそうです。当然です。私たちの中心はどなたでしょうか?天の父母様です。天の父母様が滅びることがありうるでしょうか。その偉大なる愛で全てを包むとき、その愛から人間が逃げ出すことができますか?できないでしょう? 協力し、助け合いながら、希望を持って進みましょう。「私たちが足りないから問題が起こるのだ」と考えるのではなく、「私たちの現在の段階はこのぐらいだが、ここからさらに良い方向に発展させ、改善するためには、何をすればよいだろうか。どのようにすれば、もっとうまくいくだろうか」と、日々、肯定的な気持ちと希望を持って歩むことができればよいと思います。 なぜでしょうか?真の父母様がそのようなおかたであり、真の父母様が感じ、学び、経験した天の父母様が、そのようなおかたであるからです。私たちはその子女である祝福家庭ですから、当然、父母に似なければなりません。 ですから皆様、真の父母様がなさることに対して、その内的な事情、歴史、心情、願い、目的が何か、本当に精誠を込めて祈り、訓読を通して学んでいくようにお願いします。 私たちは、父母の事情と心情と願いを知り、真の父母様が見詰められるとおりに私も見詰め、真の父母様が感じられるとおりに私も感じ、全く同じ考え、全く同じ感覚、全く同じ目標を持って努力することができなければなりません。 それが正に、真の父母様が生涯、天の父母様を見詰めながら実践された生き方です。私たちはそのような真の父母様を見詰めながら、真の父母様の生きざまを通して、天の父母様の前に進み出ることができるのだと思います。 私は、真のお母様がなされる一つ一つの背後に愛を感じます。祝福家庭の皆様や未来を担う子供たちに対して、希望と愛、関心を持っていらっしゃるのです。お母様がなされる全てのことは、お母様が霊界に行かれた後に残される子女たちのための準備だと思います。私はその切実さを目撃したので、皆様のもとに来て、お話しするのです。 今後、多くの困難と誤解が生じることがあるかもしれません。しかし、私は自分が見て感じたとおり、私がみ言と真の父母様の生涯について勉強し、学んだとおり、この道を行こうと思います。逃げることはできませんから。 弟、妹の皆様、一緒に行きますか?一緒に行きましょう!(拍手)お兄さん、お姉さん、先輩の皆様、私と一緒に歩んでくだされば幸いです。 私は今後も学ぶべきことが多くあります。学んでも学んでも、真のお母様の心情世界には到底、到達できないと感じていますが、まだ幼い次世代に伝えるために努力したいと思っています。 共に手を取り合い、真の父母様と心が通じ、事情が通じて、同じ目的を見詰めながら進む私たちになれれば幸いです。愛しています。 (more…)